アランの幸福論エッセンシャル版を読みました。大哲学者が書いたということなので、すごいものを想像していたのですが、読んでみると生きるための日常の心がけみたいなものでした。
幸せな人だけが愛される
まだ十分に力説されていなが、幸せであることは他人の対する義務でもある。
幸せな人だけが愛される、とはよく言われることだ。だがそれが、当然受けるに値する報酬であるということが忘れられている。
なぜなら、不幸せ、退屈、憂うつは、だれにだって、そこら中の空気の中にもああるものだかである。そういったよどんだ空気を追い払ってくれる人たち―――ある意味で、その活気あふれる生き様をしめすことでみんなの活力を浄化してくれる人たちに対しては、わたしたちは感謝の気持ち
と勝利の冠を捧げなければならない。
意志をもって幸せになる
悲観主義は感情からくるもの、楽観主義は意思からくるもの。ただ気分のおもむくままに生きている人はみんな悲しい。いや、悲しいということばでは弱すぎる、なぜならそういう人はやがて怒り、激怒するからである。
結局のところ、よい感情というものはない。感情は、正確に言うと、きまって悪いものである。だから幸せはすべて、意志と克己とから生まれるものである。
三浦綾子は愛とは感情じゃなくて意志だと言ったことを思い出します。人間は自然体でいれば感情に流されて悲しみや不満がでてきくるが、幸せになるという意志と克己心をもって生きることではじめて幸せになれて愛されもするってことかな。
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